月がすっかり高く昇って、西へと少しばかり傾いた頃、猫屋敷のリビングはすっかり暗くなっている。その明かりの落ちたリビングで、レインはソファに寝っ転がって梁がむき出しの天井を見ていた。
セラの事情を聞いた後、レインはここに留まって、そのままソファに寝そべってしまった。
寝るんなら部屋で寝ろ、とケリュネイアにどやされても、レインは生返事をしただけだった。動くのがひどく億劫だった。
セラとの偶然の出会いは正直ありがたかった。頭をそちらに切り替えるのが容易であった。
しかし、いざ寝ようかというときになって、昼間のエルファスのことを思い出した。どうしても彼のことが気になってしまう。
恋をしているのか――と問われれば、よくわからない。
恋に落ちそうだったのか――と問われれば、そうだ、と頷ける自信はあった。けれど、転がり落ちそうになったところを、網ですくい上げられてはどうしようもない。
たとえばあの初恋は、気づかずに燃えていた蝋燭の火を、ひと息に吹き消されたようなものであった。ただ、細く立ち上る煙を見ただけだ。残り香のような恋心が、少しばかりレインを窮屈にさせただけだった。煙が風に流されて消えるように、日々に忙殺されているうちに、その窮屈さも忘れてしまった。
けれど今度のは、かまどの火に似ている。消えてしまったと思って灰を掻き出せば、じわじわと下火がくすぶっている。
首の傷を見て驚いていた、とレインは思い出す。そういえば、エルファスと会うときは大抵、甲冑を着ていた。急所の首を守る甲冑では、多少、首のスカーフが乱れてもわからないだろう。
それにしても、引くほどひどい傷だろうか――昔、まだ村娘だった頃に、近所の悪ガキにからかわれたことはあったけれど。
右耳のほぼ真下から首の中央ほどまでついた傷。確かに、首を刈られた痕のように不気味ではある。だが、何せ物心付いたころからあるので、そういうものだと思っている。
いや、思っていた。
「ちゃんと寝台で寝たほうがいいですよ」
突然横からかけられた言葉に、レインは思考の渦から引っ張り上げられた。首を持ち上げて体を起こそうとすると、それより先に白い影がソファの背もたれに飛び乗ってきた。窓から差し込む月光の薄明かりに、白い子猫の被毛が薄ぼんやりと明るい。彼は新緑色の丸い目で、レインを見下ろしている。
「何かありましたか?」
レインはじっと可愛い白猫を見つめた。それからおもむろに身を起こすと、オルファウスの小さな体をつかんで膝の上に載せる。ふわふわの猫の毛が心地よい。
「ねぇ、オルファウスさん。この傷、消せませんかね。魔法で」
レインは首を覆っていたスカーフを解きながら、そう尋ねた。膝の上のオルファウスが、キラキラした丸い目で見上げている。
「うーん、申し上げにくいんですけど、それはすでに魔法で処置された傷痕です。それ以上は何とも――かなり綺麗に仕上げてあると思いますよ」
よほど魔道に長けた人が治癒したのでしょう、と賢者は言った。
となると、母だろうか。何せ母は魔人である。人の赤子の傷くらい、あっさり治してしまうに違いない。
そういえば、その母がこの傷をこのままにしておかざるを得なかったのだ。もはや、手の施しようはないのだろう。
レインはオルファウスの触り心地のよい毛並みをなでながら、小さくため息をついた。
「傷を笑われましたか?」
子猫が首を傾げた。
「……ふられました」
おやおや、とオルファウスはゆっくりと一つ瞬きをした。
「こんなにいい子になびかないなんて。もったいない人もいたものですね」
レインは苦笑して、オルファウスを抱えて立ち上がった。薄暗い猫屋敷の廊下を歩く彼女の腕の中で、白い子猫はおとなしくしている。
レインが猫屋敷に寄る度、寝起きさせてもらっている部屋は、今やすっかり物に溢れている。はじめてここを訪れたころは、寝台くらいしかなかった殺風景な部屋だった。
鏡台やらタンスやら、屋敷の主人が譲ってくれたものもあるが、自分で運び入れたものもある。
この部屋は、昔この屋敷の息子が使っていたのだと聞かされたときには、もうすっかり元の持ち主の気配は消え去っていた。
「今日は一緒に寝ましょう」
寝台にもぐりこみながら、オルファウスを夜具の上にそっと置く。賢者はキラキラしたガラス玉のような目で、レインを探るように見上げている。
おやすみなさい、と言ってレインは目を閉じた。小さな猫の気配がすぐ傍にあって、レインはその大きな存在にあやされているような心持ちで寝入っていった。
翌日エンシャント港から船に乗り、レインはセラを伴ってリベルダムに戻った。まず装備を取りに戻らねばならないが、その前に、ギルドに寄ろうと思った。あのゴブリン三匹のせいで手紙が受け取れなかったのだ。
冒険者というものは、通常、連れ合いがいても街中では好きに過ごすものだ。別に連れ立って歩いて悪いことはないが、用もないのに四六時中一緒にいるということはまずない。
だが、どうせすぐに町を出るのだ。レインはセラを伴ってギルドに立ち寄った。ギルドのカウンターに立っていたのは、先日立ち寄ったときと同じ親仁で、レインを見るなり困ったように笑った。
「レイン……」
「ごめん、ごめん……ちょっと、色々と事情ってもんがあるんだよ」
ギルドの親仁はカウンターの下に手を突っ込んで、手紙の束を取り出すと、それをカウンターに置いた。
「はい、ここにサインね」
受取証にサインをしていたレインは、ふと、連れが傍にいないことに気がついた。振り返ると、セラは入り口近くで佇んでいる。
手紙を手に歩み寄ると、セラはさっさとギルドを出ようとする。
「……セラ、あんたも手紙くらい受け取ればいいのに」
「お前とは合流できた。連絡を取り合う必要はない」
こいつ、本当に私からの手紙をシカトしてたんじゃないだろうな……――レインは呆れて手の中の手紙の束に視線を落とした。
そのときである。
「レイン!」
呼ばれた声に弾かれるように振り向けば、ギルドの入り口から人が降ってきた。どうやら、入り口扉から続く短い階段を、一気に飛び降りて来たらしい。
その人物はレインの首にかじりつくように腕を回して、抱きついた。間近にアーモンドのような濃い茶色のくりっとした瞳を見つけて、レインははっとした。
「よかった! 探してたんだよ!」
レインの首にぶら下がったまま、エステルは瞳を輝かせた。
「エステル、何かあったか」
探していた――という言葉に、レインは思わず緊張した。エステルはその立場から、これまで何度も身の危険にさらされている。ラドラスが機能を停止し、族長としても巫女としてもあの都市に縛られなくなったとはいえ、また何らかの厄介ごとに巻き込まれたのかもしれない。
「また一緒に冒険しようって言ったじゃん」
エステルは丸い目を眇めてそう笑った。
「驚かさないでよ。また何かあったのかと思った」
「ちょっと待ってて」
エステルは言うなり、レインから離れてカウンターのほうに駆け寄っていった。何らかの仕事を終えてきたのだろう。
すぐ傍に立つセラが、面倒くさそうにため息をついた。早くしろ、とでも言いたげな仏頂面をしている。それでも、無言でエステルを待っている辺り、意外と面倒見のいい男なのかもしれない。
「セラ、何か伝言があるらしいよ」
カウンターから戻ったエステルは手紙をセラに差し出した。封蝋のない質素な封書である。差出人の名もないようだった。
やはり無言のまま受け取ったセラは、それをその場で開け、中の手紙を開いている。
「ねぇ、ボクも一緒に行っていい? ラドラスの長老がね、世界を見ておくのも、いいだろうって、本格的に冒険に出てもいいって言ってくれたんだ」
「かまわないよ。ヴァンたちはどうした」
エステルが言うには、ヴァンとナッジはロストールへ行ったらしい。リベルダムが落とされてから、ロストールは本格的に傭兵を集めている。彼らはそこに傭兵として志願したそうだ。
そんな話をしていたレインの目前に、セラが紙きれを突きつけてきた。今、彼が受け取った手紙である。
訝しげに手紙を受け取って目を落とす。
『親愛なるセラへ
私はある女の束縛のもとにある。いや、あった、というべきだろう。
残虐で、冷酷な女だ。
お前に害が及ばないよう、今まで、昔のことは白を切り通していた。
黙っていて、すまなかった。
けれど、ようやく、あの女を出し抜ける算段が整ったのだ。
それには、お前の力が必要だ。
虹色の山脈で待つ。必ず来てくれ。
ロイ』
「タイミングがとてもいいな」
探るようにセラに視線を向けると、彼は冷ややかな視線のままレインの持った手紙に目を落としていた。
「十中八九罠だろうが――それでも俺は行く」
「何でわざわざ罠なんか張るんだ? アーギルシャイアだぞ。こんな近くにいるんなら、一気にリベルダムごと焼き払ったほうが早い」
冷酷で残虐、人間なんかオモチャかゴミだと考えているような女だ――とは、同僚のネモの弁だ。そんな魔人が、なぜわざわざ罠なんぞ張るのだろう。かつて、レインの記憶を読んだときのように、街中に現れてこちらをいきなり攻撃したほうが早いはずだ。
レインが差し出した手紙を受け取りながら、セラは彼女の言葉に顔をしかめた。
「本物ではない」
セラは端的に言った。この手紙をよこしたのが、本物の『ロイ』ではないということだろう。
だろうな、と頷きながら、レインはギルドの扉をくぐった。後ろから、エステルとセラが続く。
「のっぴきならない何かがあるのだろう。そのような手段に出なければならない事情が――」
レインは足早に町の出口に向かう。
「どうせ虹色の山脈には行かなければならない。乗ろうじゃないか」
「一週間以上も無断でどこに行ってましたの!?」
心配しましたのよぉおおお――!
クリュセイスの隠れ家に戻るなり、レインはそんな金切り声に鼓膜を破かれそうになった。
「荷物も装備も置きっ放しですし、青竜軍に捕らえられてしまったかと思ったじゃありませんの!」
「……うん、わかった、わかったから。悪かったから。ちょっと落ち着いてくれ」
甲冑を着込みながら、レインはクリュセイスをなだめるように言った。
ここに至るまでの経験から、貴重品――特に闇の神器――は腰のバックパックにいつも入れている。リベルダムが落ち、旅の道具一式はクリュセイスの屋敷に置きっぱなしであったために失われてしまったが、外套の下に背負っていた小さな背嚢は無事であった。薬類が大半で、たいしたものは入ってないが、ないよりはマシであろう。
おざなりな返事をしつつ、旅装を整えているレインに、クリュセイスは恨みがましい目を向けてくる。
「またどこかに行ってしまいますの?」
「もうここに私は必要ないだろう。復興するだけなら、戦うこともないだろうし。クリュセイスは立派にリーダーをやっている」
外套を羽織って槍を手に取ったレインを見上げていたクリュセイスは、突然にはっと何かに気がついた様子で腕を組んだ。つんっとそっぽを向く。
「か、勘違いしないでいただけます? わたくし、何もあなたの生死を心配しているわけではございませんのよ。もしあなたが捕らえられでもして、ここのことがばれたら――」
「わかってるよ。そんなへまはしない」
言葉を無理やりに遮られたクリュセイスは、赤らんだ顔をむっと歪めてレインを睨みつけた。
「……何?」
彼女の様子に眉根を寄せると、クリュセイスは拗ねたように、何でもありませんわ、とそっぽを向いた。
隠れ家から表へ出ると、レーグを目の前にしたエステルがひどくはしゃいでいた。そういえば、彼女は闘技場が好きで、レーグのファンであった。
「うわぁ、すごいや。本物のレーグだぁ。闘技場から姿を消したって話だったけど、レインと一緒にいたんだね」
自らを見上げてくる少女に、レーグはあまり興味がない様子であった。
「待たせた。行こう。――そうだ。レーグ、あんたも来るか?」
レーグを見上げると、彼はじっとこちらを見つめた後、わかった、と頷いた。
クリュセイスの隠れ家は虹色の山脈のふもとにある。ここもすでに虹色の山脈といえなくもないが、セラへの手紙には具体的な場所指定がなかった。
こういうものは大抵、頂上で待っているもの――というエステルの根拠のない主張をもとに、一行は虹色の山脈を登り始めた。
虹色の山脈はその名の通り、晴れた日によく虹がかかっている。というのも、高い山脈の至るところから滝が流れ出ており、それが水のプリズムを作るのだ。この滝を作る清水は、あの竜骨の砂漠の地下水脈につながっているという。そして、その地下水脈をたどれば、アルノートゥンの雪解け水にまで遡る。
そそり立つ崖をお互いに手を貸しながら登りきったところで、レインは天を見上げた。隠れ家を昼前に出て、もう日はかなり傾いている。
山脈の頂上には七色の砂という採集物があるために、レインもこの山を登ったことは何回かある。もうそろそろ、頂上が近いと思うのだが――。
そのときである。滝のどうどうと流れ落ちる音に混じって、子供のような声がする。レインは仲間たちと顔を見合わせた。
「団長、腹が減ったゴブ」
「オルナット、今は依頼遂行が先決ゴブ。だいたい、この依頼が達成できないと、依頼料が出ないゴブ」
「でも、団長ぉ、疲れて動けないゴブ。これ以上登るのは無理ゴブよ」
「マルーン、情けないゴブ。お前はそれでも、誉れあるゴブゴブ団の一員ゴブか」
「……団長がすぐ休憩しようとするからいけないゴブ。ペースが乱れたでゴブ。食料もゴブ一倍食べてたゴブ」
「何か言ったでゴブか」
「腹が減ったゴブ……」
キーキー喚くような声には聞き覚えがあった。
レインは、静かにするように、と唇に指を当てて、仲間たちに目配せをした。切り立った崖が壁のように張り出しているので、それを盾にしながらそっと向こう側を覗き込む。案の定、例の三匹のゴブリンが地べたにへたり込んでいた。山頂に行くにはこの先に行かなくてはならない。
ゴブリンたちの様子を確認して、レインは仲間たちのところに引き返した。
それから、これからの行動を、大まかに彼らに耳打ちした。槍をエステルに預け、水の術で姿を隠すと、張り出した崖に沿うようにして、そっとゴブリンたちに近づいていく。
このインビジブルという魔法――姿を消せるのは便利だが、困ったことに音や匂いが消せない。
獣の敏感さで、ゴブリンがはっと何かに気づいたように顔を上げた。変な飾りの付いた兜のゴブリンが、人間がするみたいに、しっ、と口に指を乗せる。
「何か聞こえるゴブ」
気づかれたかな……――レインは岩壁の傍で足を止めた。息を殺す。こういうとき、レインが常用している獣のソウルは便利だ。
ゴブリンたちが気配を探るように耳を澄ましていたときだ。向こうから仲間の三人がやってきた。その姿を見つけて、例の兜を被ったゴブリンが、あっと跳ね上がった。
「よかったでゴブ。冒険者が来たでゴブ。助けて欲しいゴブー」
そのゴブリンが、仲間に向かって走り出したときだ。
さっと飛び出すと、レインは一番小さいのの首根っこをつかみ上げた。その拍子に、彼女の姿を覆い隠していた水の膜が、シャボンが弾けるようにパチンと割れた。
「ぎゃああああっ」
ゴブリンの悲鳴に、ほかの二匹がレインのほうを振り返る。その顔が――ゴブリンの表情はよくわからないが――強張った。
「あああああっ。聖杯泥棒でゴブ」
「それはお前らだろうが」
兜を被ったゴブリンが、小さな指をこちらに突きつけてくる。レインが呆れると、手の中の小さなゴブリンが手足をじたばたさせて暴れ出した。
「団長! 助けて欲しいゴブ。怖いゴブ!」
「動くな、殺すぞ」
低い声で恫喝すると、動かないゴブ……、と捕まったゴブリンは青ざめた顔で四肢の力を抜いた。だらりと両手両足を下げた様子は、ぬいぐるみめいている。
その様子にほだされたのか、レインの槍を重たそうに両手で抱えたエステルが懇願した。
「レイン、ひどいことはやめてあげてよぉ。弱いものいじめしてるみたいで、可哀想だ」
「それはこいつらしだいだな」
言って、レインはリーダー格らしき兜のゴブリンに目をやった。
「おとなしく聖杯を渡せ。そうでなければ、このチビを殺す」
レインの脅しに、手の中のゴブリンの体がぎくりと震えた。ひっ、と小さな悲鳴が、彼女の手元から漏れる。
しかたないゴブ、と兜のゴブリンがうな垂れた。
「マルーン、お前のことは忘れないゴブ」
「あああああ、団長ひどいゴブぅううううう」
「逃がすな。押さえつけろ」
仲間をあっさりと見捨てようとした残りの二匹を、セラとレーグが地面に押さえつけた。兜のほうをセラが、大きなほうをレーグが。エステルは泣きそうな顔で、ゴブリンどもとレインの顔を見比べている。
「聖杯はどこにある」
「い、言わないゴブ」
では、お前に聞こう、と小さいのを揺さぶってやる。毛だるまの丸い頭を、レインが大きな手で鷲づかむと、きゃっと悲鳴を上げて震えた。
「言え。言わなければ潰す。嘘をついても潰す」
「団長が持ってるゴブ。腰の袋に入れてるゴブ」
早口にまくし立てたゴブリンに、兜のやつが激しく暴れ出した。もっとも、セラが小鬼の短い腕をひねり上げているために、無意味である。
「裏切り者ぉおおおおっ」
「先に裏切ったのは団長ゴブ」
キーキー喚くゴブリンどもをよそに、セラが淡々とゴブリンの腰にぶら下がっているズタ袋をまさぐった。その中から、鈍く輝く金属製のワイングラスのようなものが出てきた。
聖杯というから、何となく一抱えはありそうな杯を想像していたが、意外に小さい。金で装飾されているが、少し大きめのゴブレットという感じである。
闇の神器に共通していえることだが、どうも貴重なものという感じがしない。露天商が売っていても疑わないような、どこにでもあるような外見をしている。
セラが投げてよこしたそれを、空いた片手で受け止める。手の中に金属の冷たい感触がある。わずかに首が痛んだ。闇の気配を感じる。
放してやってくれ、とセラたちに言いながら、自身もつかんでいたゴブリンをそっと下ろしてやった。
拘束を解かれたゴブリンどもは、さっと身を寄せるなり、自分たちを取り囲む人間どもを見回した。ゴブリンの表情というのはさっぱりわからないが、脅えているような、怒っているような印象を受ける。
「聖杯を返せゴブ。それがないと、我々は幸せになれないゴブ」
「やめておけ。私よりもはるかに恐ろしい魔人が、この聖杯を狙っている」
「渡さないゴブ。渡さないゴブ」
ゴブリンたち――大きいのを除いて――はぴょんぴょんと跳ねながら、返せ返せと喚きたてる。しかし、これを返してやるわけにはいかない。破壊神の復活に関わらせるわけにいかないし、魔人の中で最も残忍といわれるアーギルシャイアがこれを狙っているのである。このゴブリンどもならひとたまりもないだろう。
ゴブリンたちはさっと腰に帯びた短剣を抜き放ち、レインに切っ先を突きつけてきた。
「聖杯を取り返すゴブ! ゴブゴブ団、突撃!」
ゴブリンが兜飾りを揺らしながら飛び掛ろうとした。渋々身構えたレインの前に、さっと小さな影が立ちはだかった。
「オルナット、何をしているゴブ!」
レインを庇うように立ちはだかったのは、三匹の中で一番大きいゴブリンだった。愚鈍そうな体の彼は、キーキー喚く仲間の二匹を小さなつぶらな瞳で見つめている。
「もうやめるゴブ。あんなものがなくても、幸せにはなれるゴブ」
「な、何を言ってるゴブ! 目を覚ますゴブ、オルナット!」
「そうゴブよ。聖杯がないと――」
そんなことはないゴブ、と大きいのが頭を振った。長く垂れ下がった耳が、それにあわせて激しく揺れた。
「最初こそ聖杯の力を借りたけど、そこから先は自分たちの力でやってきたゴブ。自分は聖杯の力より、団長とマルーンの力を信じるゴブ。あんなものがなくても、三人いれば平気ゴブ」
「そ、そうゴブよ! オルナットが正しいゴブ」
小さいのが大きいほうに並び立った。レインに背を向けて、兜を被ったやつと相対する。ついさっき恐ろしい目に合わされたレインに、無防備に背中を見せている辺り、この聖杯を預けるにはふさわしくない。
兜を被ったゴブリンが、短剣を鞘に収めた。
「オルナットの言う通りゴブ。聖杯がなくても、我らゴブゴブ団三人が力を合わせれば、恐れるものは何もないゴブ」
「それはもうオルナットが言ったゴブ」
小さいのの言葉を黙殺して、兜を被ったゴブリンがレインを見上げてきた。
「そんなものはもういらないゴブ。あんたにあげるゴブ」
「それはどうも。気をつけて帰れよ」
レインは聖杯を右手に、空いた片手を野良猫を追うように払った。だが、ゴブリンたちはもう、彼女には見向きもしていなかった。
「行くゴブよ! ゴブゴブ団、前進!」
◇ひとこと◇
レイン「聖杯出せ! おらっ」ドゴォ!
エステル「やめたげてよぉ!」
……っていうのを想像した。そういうことをやってるから、モテないんだよ。