拍手まとめ2

 *第10話~第17話付近を更新中に掲載

夏の思い出事件

 猫屋敷の長男坊は、たいそうおとなしい子どもであった。聞き分けがよく、わがままも言わない。父親の言いつけをよく守り、幼い妹の面倒もよく見てくれる。
 よくできた息子である。だが、オルファウスはほんの少し、彼のことを心配していた。およそ子どもらしくない子どもだったからだ。
 人の子にとって、子どもでいられる時間は短い。その時間で学べるものは、何にも変えがたいものである。
 けれど、オルファウスが彼に子どもらしい振る舞いを求めるのは間違っている。息子がありたいようにあればよい。無理をしていないのならば、それでもよいが――。

 そのときのオルファウスは、新しい漬物を漬けようとしていた。夏野菜の酢漬けである。
 空いている甕(かめ)は屋敷の地下に、まとめて置いてある。手ごろな大きさ――それでも片腕で抱えるくらいの大きさ――の甕が、ちょうどよい具合に棚に置かれていた。
 中を洗おうと、何の気なしにその甕の蓋を取ったオルファウスは、一瞬、硬直した。全身に鳥肌が立った。

 一抱えある甕いっぱいに、セミの抜け殻が詰まっていたのである。

 さすがに、この賢者も驚いた。予想だにしない大量のセミの抜け殻である。
 こういういたずらをするのは、この屋敷では娘のほうであった。だが、さすがに女の子がセミの抜け殻を拾い集めるだろうか。
「……ネメアー、ちょっとー」
 色々考えて、息子のほうに聞いてみることにした。妹をかばって罪をかぶることも多いが、聞けばわかる。
「何でしょうか」
 やってきた息子はいつもと同じ調子である。じっとこちらを見上げて、父の言葉を待っている。
「この甕、あなたのですか」
 はいそうです、と息子はあっけらかんとしている。妹をかばっている風ではない。
 なぜセミの抜け殻をこれほど大量に……――訝る父親に向けて、息子は当然のように言った。

「形が、よかったので」

 
「――ああいうことをする子だとは思ってなかったので、さすがにちょっと驚きましたねぇ」
 古い話をレインに聞かせてやりながら、オルファウスはレモネードをすすった。驚いたと言いながらも、彼はどこか楽しそうだ。
 ああ……、とレインは苦笑する。
「子どもって変なもの集めたがりますよねぇ……」
 レインの場合は形のよい棒であった。家の裏口にお気に入りのやつを置いておいたら、それを知らない母が薪と一緒にかまどにくべてしまった。それを悔やんで、一日泣いたことを思い出した。
 人の本能がそうさせるのか、幼い瞳には何か特別なものが見えているのか――子どもであったはずなのに、今のレインにはあの遊びの何が楽しかったのか、さっぱり思い出せないのだった。

 
◇ひとこと◇
ネメア「……へっくしょい!」

 


 
ネメアからの手紙

 帝国宰相へ届く書簡や手紙というのは、朝、登城する彼のために執務室の大きな机の上にまとめられているのが日常だ。それが彼に仕える秘書官の、毎朝の仕事でもある。
 秘書官は宰相へ届いた手紙を仕分けしていたが、その中に小包があるのに手を止めた。藁半紙で包まれたそれは、どうやら本のようである。リベルダムからはるばる取り寄せたのだろうか。宛先が宰相の私室になっている。

 午前の会議が始まる前に、ベルゼーヴァは執務室に入って、まず届いた書簡や報告書に目を通すのが日常である。ほとんどの官僚や、政庁の職員がまだ登城登庁していないような時間帯だ。
 ふと、覚えのない小包が手紙箱の底に入っているのに気がついた。どうやら、本のようである。本を包む藁半紙には宛て先が書かれているが、差出人の名前はなかった。
 ただ、その力強い文字には、見覚えがある。
 ベルゼーヴァはほかの書簡やら手紙やらを横に置いて、その小包を丁寧に開け始めた。中に入っていたのは真新しい書籍で、古い戯曲を起こしたものであった。中をぱらぱらとめくってみたが、特に何かがあるというわけでもない。手垢も付いていないような、まっさらな本の匂いがするばかりだ。
 ベルゼーヴァは包み紙のほうに目をやった。宛て先は私室のほうになっている。その宛て名の下に、差出人の名のつもりか、奇妙な数字の羅列が書かれていた。

 8253133

 ぱらぱらと本をめくって、少しだけ思案する。思いつくなり、ベルゼーヴァはペン立てからペンを取ると、その数字の間に線を入れ始めた。

 82/53/13/3

 八二ページ五三章十三節三行目……――ベルゼーヴァはページをめくる。

『王はおっしゃいになられました。
 王の血と肉は、すべて民のために――……』

 尋ねよとおっしゃるのか……、とベルゼーヴァは書物を閉じた。そして、それを包んでいた藁半紙を几帳面に折りたたむと、執務机の引き出しに収めた。

 
◇ひとこと◇
 筆跡だけでネメアだとわかる宰相は臣下の鑑なだけだし、包み紙を取っておいたのはネメアと連絡を取っているのがばれると困るからで、別にそういうアレではない。

 


 
枢密院会議

 珍しく四将軍が本国に集ったのは、新年だったからだ。本来ならば年が明けてすぐにでも集まらねばならないところだったが、青竜軍がロセンを攻めたのもあってこんな時期になってしまったのである。
 皇帝自らウルカーンを落としたこともあって、枢密院の会議が開かれたが、それも新年の挨拶を兼ねてのものである。いわば、顔見せのようなものだ。

「――それはそうと、陛下」
 居住まいを正しながら、アンギルダンがネメアを見据えた。ネメアが青い目を彼に向けると、アンギルダンは丸っこいとび色の目を輝かせている。何だか、いいいたずらを思いついた小僧のような顔をしていた。
 何だ、と促すと、アンギルダンは茶で唇を湿らせて言った。
「わしは副将を外から迎えようと思っております。それで、傭兵を将校待遇で迎えることを、お許しいただきたい」
 ネメアが何か言う前に、ならぬ、と口を開いたのはベルゼーヴァであった。
「傭兵を将校として迎えるなど、そんな馬鹿な話が通るか」
「閣下がそうおっしゃられると思いましてな。それで、直接、陛下にお伺いを」
「……お前がそこまで言うのなら、よほどの冒険者なのだろう。ロストールにくれてやるには惜しいな」
 ネメアが笑うと、そうでしょう、とアンギルダンは楽しそうに笑った。皇帝の隣で、宰相がひどく渋い顔をしている。
「陛下もご存知でござろう。『稲妻』のレイネートと申す若者で――」

 ほう、というネメアの頷きをかき消して、青竜将軍が立ち上がった。
「おっさん、ずっりぃ! レインには、あたしが声かけようと思ってたのに!」
「ぅわははははっ、もう手紙送っちゃったもんねー!」
 アンギルダンはべろりと舌を出す。爺と孫のような年齢差の癖に、二人は同世代のような調子である。
 バンッ、と宰相が手のひらで机を叩いた。小さな会議室が静まり返る。
「陛下の御前ぞ」
「宰相。よい。眠気覚ましにはちょうどよい」
 宰相はいかにも不機嫌そうな表情をして、隣の皇帝を見上げた。ネメアはそれに取り合わずに、アンギルダンに向き直る。
「あの娘がお前の誘いに乗るというなら、将校待遇で迎えよう」
「……ネメア様」
 ベルゼーヴァが露骨に不満を漏らしたが、後で話そう、とネメアに釘を刺されて沈黙した。
「かたじけない。ご恩情、痛み入りまする」
 頭を下げながらも、アンギルダンはにやりと笑った。

 
◇ひとこと◇
 会議眠たい、と思っている皇帝を支える宰相が一番大変。