年が明けた。神聖王国暦一二〇四年一月を迎えた。
去年の夏前からの忙しさに参って、しばらくぼんやりしていたレインであったが、新年を迎えたこともあって本格的に再始動することにした。
やることは多い。闇の神器の探索は当然のことながら、システィーナの伝道師の動きも探らねばならない。そして、魔人を探し出さなくては。
闇の神器の探索は言わずもがなだが、システィーナの伝道師に関してはレインが知らないことが多すぎる。ネメアが探るとザギヴの手紙には書いていたが、こちらも多少は把握しておきたい。エルファスが力になってくれればありがたいが、彼を危険に晒すような真似はしたくない。
魔人連中では、アーギルシャイアが目下、一番近しい。だが、それ以外の連中の動向だって知っておきたい。結局のところ、レインは連中と戦わなくてはならないのだ。果たして、今の自分で勝てるかはわからない。だが、負けてやる気はなかった。
魔人に勝つことで、救える人が増えた今ならなおさらだ。
新年に入ったばかりのエンシャントのギルドは、仕事始めの連中でごった返していた。誰もかれも、考えは似たようなもので、新年を目安に仕事に精を出そうとするものらしい。
獅子帝が積極的に援助しているおかげで、エンシャントのギルドはリベルダムの本部にも負けないくらい盛況である。
レインはギルドカウンターに向かい、なじみの親仁に挨拶すると、早速、
「システィーナの伝道師とか、魔人とか、そういった類の話を聞かないか」
と質問した。
親仁は、太い腕を組んで、うーん、と唸り、つるりと禿げ上がった頭をぺたぺたと叩いた。
「いいや、聞かねぇなぁ」
「ふーん、ならいいや。――なんか仕事がないかな。リベルダムに行こうと思ってる」
レインはアーギルシャイアの行方を追おうと決めた。一番、情報が手もとに集まっている。まずは関係性が怪しいアンティノ商会を探るのがいいだろう。危険がないわけではないが、何にせよ危険な連中を相手にしなければならないのだ。躊躇いすぎては何も得られない。
ちょっと待ってな、と親仁はカウンターの後ろに引っ込んだ。そして、いくばくもせずに依頼状の束と、小さな木箱を持って戻ってきた。
「リベルダムに行くなら、この仕事はどうだ。宝石配達。期間は十日間だ。リベルダムまでの船代も出て、一万。ただし、特殊な魔法のかかった石らしくてな、箱にそれを封じる呪いをかけてある。それの影響に関しては保証しない。それから、封を開けるとその魔法が解けてしまうらしい。開けてしまった場合は弁償だそうだ」
どうする、と親仁は締めくくった。
いい仕事だとは思う。難度が高くない割りに、報酬はいい。船旅の不安定さを考えれば、期間の短さに多少の不安はあるが。問題はその呪いの影響である。
「その箱、触ってもいいか」
尋ねると、どうぞ、と親仁は促した。
何の変哲もない白木作りの箱は、レインの片手で持てる程度の大きさである。ロクシャの墨で書かれた呪いの札が、箱全体に幾重にも巻かれている。持ち上げると、ずしりと重い。軽く揺すると音はないが、中に何か入っている感覚だけはある。
妙な感じはしないな、とレインは箱の具合を確かめる。
「わかった。受けるよ」
レインは頷いて、依頼状にサインすると、半券と木箱を受け取ってギルドを出た。そして、その足でエンシャント港から船に乗り、リベルダムを目指して南下した。
船旅は順調そのものであった。何度か、海の怪物の襲撃は受けたものの、航海の妨げにはならず、四日後にはリベルダムの賑やかな港に入港した。
カルラのリベルダム攻略の噂は、ずいぶん前から囁かれていたが、その気配は今のところまるでない。そのせいか、リベルダムの連中には緊張感がまったくなかった。
百人議会が自由を金で買った、というような噂もあったが、レインはこれはありえないと思っている。なんせ相手は獅子帝だ。金で動くような安い男ではない。
ネメアは闇の軍団に対抗できる強固な軍隊を求めているはずだ。金で簡単に手の平を返すような連中は、真っ先に切り捨てるだろう。
レインがネメアならば、そうする。
ギルドに立ち寄り、背嚢の底から依頼状の半券と例の木箱を取り出だした。そして、ふと、手を止めた。
何か、箱が軽い……?
「どうした、レイン」
なじみのギルドの親仁が、その様子に気がついて訝しげにこちらを見つめてくる。
箱が軽いような気がするが、木箱に張られた呪いの札もそのままである。箱ごとすりかえられた、という可能性は低い。レインは船の中からここまで、この木箱を背嚢の隠し底に入れたまま、ほとんど手もとから離していなかったのだ。
呪いのせいかな、とレインは首を傾げながら、木箱をカウンターに置いた。
「いや、何でもない」
箱を依頼書と確かめていたギルドの親仁も何も言わなかった。やはり、呪いのせいで軽く感じるのかもしれない。
レインは船代と依頼料を受け取ってギルドを出た。
さて、アンティノ商会を調べると決めたはいいが、レインには商人の知り合いがいない。あるいはアンティノ商会の研究所に務める魔道士にも、顔が利かない。
軍に所属していた頃は、魔道アカデミーに協力させることができていたが、今のレインでは門前払いもいいところだ。
どうしたものかな……――。
レインはひと気のないスラムを歩きながら、ふと、足を止めた。
後ろに三人、前に四人――いかにも柄の悪そうな連中が、彼女を囲むように路地を封鎖している。
レインは何も言わずに、彼らを見つめた。明らかにこちらの行く手を阻んでいるからには、何か用があるのだろう。こちらにはないが。
男たちはレインを挟むように取り囲みながら、
「ナイトメアの雫を渡してもらおう」
と言った。
ナイトメアの雫――レインがエンシャントのギルドで預かった、あの宝石のことだ。しかし、それはすでにギルドに届けたはずだ。
「持ってない。もうギルドに渡した」
「嘘をつけ」
男の一人が言った。
「嘘はついていない。ギルドに照会してくれればわかる」
「ギルドにはすでに照会した。箱の中身は空だった。貴様が盗んだのだろう」
呪いで軽いわけではなかったのか、とレインは嘆息した。しかし、箱の中身を確かめることなどできなかった。あれを開けるわけにはいかなかったからだ。
そもそも、ギルドの親仁は何も言わなかった。受け取り側に重さの通達がなかったと見ていいだろう。開けてはいけない箱の中身が、きちんと収められていることをどうやって判断するのだ。
何だか嫌な感じを受ける。はめられている感じだ。
これはまずいことになったな、とレインはこれでもかと顔をしかめた。
「知らない」
レインははっきりと告げた。だが、この状況を誰かが仕組んだのだとしたら、こんなもので彼らが引き下がるわけがないだろう。
「この盗人め。冒険者の面汚しめ」
案の定であった。
腰の剣を引き抜いて躍りかかってきた男をかわしながら、レインは背に負った荷物を後ろから迫り来る男たちに放りやった。思わずそれを避けようとする男の脳天に、レインが振り回した槍の柄が直撃した。
手の中で槍を回し、つかみかかってきた男の顔面を空いた左拳で殴打する。もんどりうって倒れた男の背後から、別の男の白刃が襲いかかってきた。それを槍で受け止め、柄で絡め取って弾き飛ばす。槍を返して、石突で男の胸部を一突きすると、男は磨耗した石畳の上に叩きつけられて沈黙した。
あと四人だ、と思った瞬間であった。突然、がくんっと体の力が抜けた。とてつもない倦怠感がレインを襲って、戦うどころか立ってもいられない。眩暈がして、気分が悪かった。何だか自分の周りの空気が、不可視の蔦のようになって体中に巻きついているようだ。どう考えても、これは自分自身の体調不良から来ているものではない。何らかの外因がある。
それでも、レインは槍を支えに膝をつくのをこらえた。かすむ目で自分を取り囲む男たちを睨みつける。
「おーぉ、相変わらずしぶといねぇ」
男たちの背後の路地から、ゆっくりと白い神官服姿の男が現れた。のん気そうな声に聞き覚えがある。その男を見て、レインは視線をことさらに鋭くした。
「……また、お前かっ。ツェラシェル」
呻くように言ったレインは、荒い息をつきながらツェラシェルを睥睨した。言葉を発するだけで、胃がひっくり返りそうだ。
ツェラシェルは青白い顔をにやけたように歪めて、きつく握った右の拳をレインのほうへと向けてくる。拳の周りの大気がたわんで見えるのは、魔道力が行使されている証であろう。うっすらと、紫色の煙のようなものが、彼の拳を蛇が絡みつくように取り巻いているのが見えた。
「お前、マジでしぶといな。とっとと寝てくれねぇかな」
ツェラシェルは言ったが、それがレインの闘志に火をつけた。くらむ視界とひどい耳鳴りに、頭が割れそうに痛い。胃酸が胃ごと口から飛び出そうである。
それでも、レインはツェラシェルを睨みつけながら、一歩彼に近づいた。踏み出した足が、鉛の枷でもつけられたように重い。
「ぐぁ……っ」
レインの視界が真っ白く塗りつぶされた。耳鳴りで音が聞こえなくなる。倒れた硬い石畳の感触だけが鮮明であった。
頭から浴びせかけられた冷たい水の感触で、レインは無理やりに覚醒させられた。顔面をぬらす臭い水を、頭を振って払いのける。ぼんやりとした視界に、見慣れない光景が広がった。
暗い石牢であった。魔法ランプではない、ぼんやりとしたかがり火の明かりが見える。松脂が燃える臭いに混じって、すえたような臭いがしていた。その鼻の粘膜にまとわりつくような嫌な臭いに、レインは顔をしかめた。
霞む視界で状況を確認する。目の前に見えるのは鉄格子の扉で、部屋は狭く、組み上げられた石がむき出しになっている石造りだ。どうやら地下にあるらしく、湿気ていて、壁も床もぬめっている。
その部屋の石壁に、レインは両手足首に枷をつけられて捕らえられていた。痛む体で身じろぎすると、太い鎖のこすれあう音が牢内に響き渡った。
狭い部屋の中には柄の悪そうな男が二人立っていて、レインを見下ろしている。鉄格子の向こうにはやはり、似たような男が数人と、見覚えのあるような女が仁王立ちになっていた。
あの、ロティ=クロイスの娘の、何とかという女だった。彼女は相変わらず上等なドレスに身を包んで、絹のハンカチで口もとを覆っていた。臭気にか、レインに対してか、顔を大仰にしかめている。
無様ね、と女が言った。よほどレインを見下したいと見えて、口もとを覆っていたハンカチを取って、腰に手を当てた。
「気分はどう。小汚い盗人。いいえ、この人殺しめ」
「……人を殺したことがないわけではないが……――えぇーっと、誰だったか」
本当に名前が思い出せない。
レインの傍に立った男が彼女の頬を殴打した。男が振りかぶったと同時に歯を食いしばったが、壁につながれた状態ではよけることはできない。わずかに身をよじって衝撃を和らげるが、無傷というわけにはいかない。
「のんびり法の処置なんて待ってられないわ。わたくしじきじきに、あなたを処刑してあげる。覚悟しておくことね」
結局、女は名乗らなかった。鉄格子の向こうの男たちを引き連れて去っていく。どこか遠くのほうで、蝶番が軋んで扉が閉まる音が聞こえた。
面倒くさいことになった――レインが鉄さび臭い唾液を吐き捨てたときだった。鉄格子のこちら側に残った男たちが、鼻を鳴らして笑った。
「いい気味だ。俺らの仲間を殺してくれた礼をしてやる」
「あのクソ高いグリードミューカスもダメにしてくれちまって。玄武将軍も生きてるしよぉ」
『グリードミューカス』という言葉に聞き覚えはないが、『玄武将軍』という言葉には心当たりがある。
話しぶりからして、どうやら、こいつらはあのロセン解放軍の一員らしい。そういえば、クロイスの妻はロセン王家に連なる者と聞いた。クロイスが出資し、アンティノが戦闘モンスターを提供していたのだろう。
片方の男がレインの腹部を蹴りつけた。めり込んだ靴底を、力を込めた腹筋とわずかに体を壁からそらして力を受け流す。これもさすがに無傷とはいかない。耐え切れずに咳き込んで上体を折り曲げてしまう。食いしばった歯の隙間から、うめき声が漏れた。体勢が崩れたレインの顔面を、男が殴打する。衝撃を殺せずに、ぼとぼとと鼻から血が垂れた。呼吸がしづらい。血の味が口いっぱいに広がった。
レインは俯いて口で荒い呼吸を繰り返す。その振り乱した黒髪を乱暴につかんで上を向かせると、片方の男がにやりと口角を上げた。
ああ、くそ……――レインは強い視線で彼らを睨みつけた。かがり火の薄暗い明かりの中で、彼女の瞳は刃のようにぎらりと光っている。
『稲妻』の視線に男たちが一瞬、ひるんだような顔をした。だが、すぐにもとの下卑たような笑みを浮かべる。
「さしもの『稲妻』も、こうつながれちゃあどうにもできねぇだろう」
レインが身をよじらせると、太い鎖がじゃらりと鳴った。その音と被るように、のんびりとした男の声が、鉄格子の向こうから聞こえてきた。
「やめとけ、やめとけ」
男たちが振り返る。レインがそちらに目をやると、白い神官服の顔色の悪い男が鉄格子の向こうでにやにやしていた。
「逸物が使い物にならなくなっても知らねぇぞ」
ツェラシェルは言って、肩をすくめた。
「今のこいつに何ができる。動きも魔道も封じられた、ただの女だ」
男の片方がにやりと唇の端を持ち上げた。それにあわせるように、もう一人の男が声を上げて笑った。
だが、ツェラシェルは彼らには取り合わなかった。視線すら合わせる様子がない。彼はただじっと、牢の奥のレインを見つめていた。
そのツェラシェルの様子に、男たちが笑うのをやめた。そして、ツェラシェルの視線につられるようにレインを振り返って、ぎくりと身を強張らせた。
レインは手足を枷につなぎとめられながらも、しっかりと立って胸を張っていた。視線はまっすぐツェラシェルに向いていた。その瞳は、この薄汚い牢獄の中で、天空を想起させる輝くような青色だった。
臭気ばかりが目立つ牢獄の空気が、冬の早朝のように張り詰めた。このロセン解放軍の男二名も、その緊張感がわからないほど愚鈍なわけではないらしい。不可視の圧力に押されるようにして、男たちがわずかに後退りした。松明の薄明かりを浴びて、彼らの額に浮き出た冷や汗がてらてらと光った。
男の片方と目が合うと、彼はひどく怯えたような表情をして視線をそらした。
来るなら来い、という気持ちだったが、どちらも根性なしのようだ。所詮、町のゴロツキなんて、こんなものなのかもしれない。
レインが鎖をじゃらじゃらいわせながら、右腕を前に付き出した。鎖につなぎとめられて、腕を水平に伸ばすこともできない。だが、彼女はそれにかまわず腕を持ち上げようとする。
男たちが焦ったような顔をした。
「てめぇ、誰が勝手なことをしていいと言った」
ゴロツキの片割れが口角泡を飛ばしながら、腰の短剣を引き抜いた。壁にかかる松明の明かりに、白刃がぬらりと光る。
だが、レインはその脅しを黙殺した。いや、もっと正確に言うならば、彼女には彼らの行動が見えていなかったのだ。
「ぐぅうぁあああああああっ」
レインの獣めいた雄叫びが、石牢いっぱいに響き渡った。鋼のように鍛え上げられた筋肉が、枷の下で軋みながら盛り上がる。レインが右の拳をめいっぱいに突き出すと、じゃらついていた鎖がぴんっと張った。枷が肉に食い込んで皮膚を引き裂き、血が滴り落ちても、レインは決して力を弱めなかった。
そのあまりの気迫に脅えたように後退りした男たちは、それでも、彼女をつなぎとめる太い鎖が千切れるわけがないと高をくくった様子であった。
レインの灰色がかった青い瞳が強く輝いた。かがり火以外に光源のないこの石牢の中で、彼女の瞳の輝きはさながら星のようであった。その双眸がいっそう強く輝き、そこで星色の炎が明滅した。かと思うと、彼女の右腕を拘束している鎖が軋み始めたのだ。
女の雄叫びと、鎖が軋む音に、男たちが脅えて、ゆっくりと後退しはじめる。ツェラシェルだけが青白い顔を無表情にして、釘付けになったようにレインの様子を見ていた。
「がぁあああああっ!」
一際大きな雄叫びを上げた瞬間、ついに鎖がちぎれ飛んだ。ひしゃげて弾け飛んだ鎖の欠片が、石の壁を抉るようにして兆弾した。薄暗闇の中に、赤い火花がぱっと散った。
男たちは小さく悲鳴を上げながら、首をすくめた。おそるおそるレインのほうに首を巡らせる。
「がぁっ」
レインがわざと大げさに、噛み付くように吠えてみせると、男たちは情けない悲鳴を上げながら逃げ出していった。
遠くで古い蝶番の軋む音が聞こえて、レインはようやく息を吐いた。強い光を宿していた瞳は、いつものように静かな光をたたえている。
レインは傷ついた右手をだらりと下げた。枷によって引き裂かれた傷口から、鮮血が滴り落ちている。それを、鬱陶しそうに払いながら、彼女は残ったツェラシェルを鉄格子越しに見つめた。
ツェラシェルは大儀そうに鉄格子をくぐって、レインのつながれた小部屋に入ってきた。逃げ出した連中と違って、脅えた様子がなかった。足下に転がっていた鎖の欠片を無造作に拾い上げる。それを手の平に載せて、愉快そうに笑いながら、レインを見据えた。
「ようやるよ」
「……まだ何か用か」
掠れたような声が出た。
助けてやったのに、とツェラシェルは心外そうな調子で言う。だが、助けてもらった覚えはない。ゴロツキどもを追い払ったのはレイン自身ではないか。
「そもそも、お前のせいで捕まったんだろうが。この悪党め」
咳払いをしながら言うと、ツェラシェルはへらへらと笑った。
「給金がよかったんでね。まぁ、悪く思うな」
「ふざっけんなっ、この野郎!」
レインは右手の壊れた鎖を鞭のようにしならせて、ツェラシェルに向けてがなり立てた。短い鎖は当然のことながらツェラシェルにまでは届かない。右腕を振るった拍子に、彼女の血が暗闇の中に飛び散った。
「まぁまぁ、そういきり立ちなさんな」
ツェラシェルは言って、石牢の湿った壁に背中を預けた。億劫そうに前髪をかき上げて、続ける。
「お前が運んだあの宝石『ナイトメアの雫』な。あれはちゃんとした処理をしてないと、一週間で消えちまうのさ。で、傍にいた人間に呪いをかける。それで、お前を無力化したんだ」
そうでもしなければ、お前を捕らえるなんてできないからな――ツェラシェルは愉快そうに笑う。
レインはしかめ面を浮かべたまま、ため息をついた。何が面白いというのだ。
「あの女、クリュセイスはお前を殺す気だぜ。証拠がねぇから、裁判を起こしたってお前を断頭台になんか送れねぇしな。リンチにしたほうが早いってわけよ」
「……よくわかる解説、どうも」
レインは左腕の枷を外そうと、躍起になっているが、どうにも無理そうだ。というより、よく右腕の鎖が外れたものである。左腕をつなぎとめる鎖の太さを見る限り、ボルダンの膂力でも無理だろう。おそらく、右側の鎖は腐食していたのだろうが。
レインははっと壁際に身を引いた。ちょっと目をそらした隙に、すぐ傍にツェラシェルが歩み寄ってきている。
「何だっ」
今にも噛み付きそうなレインに、ツェラシェルは両手を挙げて降参の態度を示して見せた。
「何にもしねぇって。――傷の治療をしてやろうと思ってな」
「……見ればわかるだろう。金なんか持ってない」
ツェラシェルは肩をすくめた。相変わらずニヤニヤと笑っている。
「つけといてやるよ。俺とお前の仲だろ」
レインの体を黄金色の輝きが包み込む。体中の痛みが引いていくのを感じながら、それでもレインはこの男に感謝する気が起きなかった。
鎖をガチャガチャいわせながら、レインは暴れた。まるで手のつけられない猛獣のようであった。
「どんな仲だ、このクソ野郎!」
唾を飛ばす勢いで、レインはツェラシェルを口汚く罵った。この男と話していると、どうしてもガラが悪くなる。これまでのことを考えてみても、それは致し方ないことだろう。
だが、当の本人はけろっとした様子で、愉快そうに笑った。
◇ひとこと◇
エロい拷問はありません。健全サイトですから。……十代の女の子ががっつり殴られてるのに健全もクソもあるかい。
『ナイトメアの雫』の呪いどうのというのは、完全な嘘っぱちです。